岩窟めぐり 穴場紹介2

穴場紹介鍾乳洞
 鍾乳洞(しょうにゅうどう)とは石灰岩地帯に雨や地下水などによって浸食されてできた洞窟で石灰洞(せっかいどう)ともいう。(Wikipedia) 徳島県内および近郊の鍾乳洞をピックアップしていきます。
 日店洞(ひみせどう)
 阿南から車で1時間10分、那賀町上那賀の長安口ダムの貯水池沿いにある鍾乳洞です。旧国道の山側にポッカリ口をあけています。(画左下)。 まわりは崩れ防止の鉄ネットをしているのですが入り口はふさがずにそのまま誰でも入れます。けれど残念なことに中に入ると空き缶、ビン、ペット、風俗雑誌などゴミが散在していて落書きもあります。せっかくの鍾乳洞が台無しの放置状態です。奥に入っていくと壁や天井にぎっしりとコウモリがぶら下がっていて狭い箇所では体が触れそうになります。規模は津乃峰岩窟の神明窟の5倍以上はあります。5mほど下に降りると水が溜まっていて澄んだグリーンですが、底に空き缶がたくさん沈んでいました。入口をの穴をふさぐなりして管理する必要を感じます。記録では上下に枝穴が迷路のように重なりあっているとの事で興味をそそります。随時調べていく予定です。


桃源洞(とうげんどう)
 桃源洞(木沢洞)は那賀町木沢高野地区に鎮座する西三子山(1349m・通称ヒズカ山)の中腹にある鍾乳洞で昭和30年に地元の子供と青年によって発見された。「ヒズカ山の中腹に大きなほら穴があり、大蛇が棲んでいる。穴の入口には白髪の爺さんがいて人が近づくと来るな、来るなと手を振って追い払う・・」という伝説を確かめようと地元の小学生と二十歳の青年が探検気分で遊びに行き発見した。それから専門家が3回にわたって調査された。

桃源洞(第1洞)4つのうちの最大の規模 洞口高さ5m、幅7m  2層あり長さ85mの横穴 

第1次調査(昭和30年7月)に県教育委員会と多田伝三氏と地質研究家篠原勇氏が調査、結果無数にぶら下がる鍾乳石と石筍は県下一との折り紙がつけられた。更に未発見の鍾乳洞の存在を示唆。

第2次(昭和32年5月)
京都大学上野俊一教授により新種昆虫トウゲンメクラチビゴミムシを発見。

第3次(昭和42年)
県内高校教諭昆虫学者木内盛郷氏、吉田正隆氏によりアワメクラワラジムシ他12種の昆虫を採集。

第4次(昭和44年8月)
剣山県民の森学術調査団が4つの洞穴の調査をする。
第1洞・・見事な自然の彫刻の鍾乳石 鍾乳石や石筍は300年で1p伸びる。20p前後のものもあり6,000年かかって形成され県下一の鍾乳石と評価。
トウゲンチビゴミムシ、アワメクラワラジムシを採集。ワラジムシはかつてバルカン半島で発見され日本では徳島県だけに生息する。ということは徳島は欧州と陸続きだったことの証明となる。

以上の結果をふまえて桃源洞は約2億年前に生まれて形成されたと思われる。
穴の温度・・・夏は涼しく徳島市31℃⇒桃源洞14℃  冬は温かい。

※以上郷土資料「木沢村史」、ほか学会文献より引用
 4回にわたる調査で 桃源洞の周辺には第2、3、4、5洞の調査確認がありますが、資料がなく場所は不明です。今後は探索していく予定です。興味ある方は洞窟探しにご協力を求めます。

・第2洞・・・第1洞の南東約350m、深さ20m、洞口5×8のタテ穴
・第3洞・・・第2洞の北東約50m 胴長30mの横穴
・第4洞・・・深さ18mのタテ穴で入口狭いが底部は直径10mほどのフロアホール
・その他・・・? さらに700mほど北にある深さ15mほどの小さなタテ穴
 
 若杉山(わかすぎやま)
 四国八十八ヶ所21番札所太龍寺へ向かう若杉谷川に沿った遍路道に露出した石灰岩盤に数箇所の穴があります。小柄な人しか入れない狭く、細い枝穴の多い複雑な洞窟がある。中に入るには覚悟がいるほどの超狭い洞窟で長いルートをとればアップダウンして20mほどの先の穴に出ます。結果衣服がドロドロになります。若杉山辰砂採掘遺跡のエリアで遍路道沿いにあるので調査や活動は見合わせています。